出かける前に地図を開くと、私はだいたい目的地より先に食べ物の印を増やしてしまう。
彦根へ行く日も同じで、最初は城下町をのんびり歩くという穏やかな予定だった。
ところが、近江牛の文字を見つけ、和菓子を見つけ、さらに近江ちゃんぽんまで見つけた。
散歩の予定表が、気づけば食事の時間割になっていた。
それでも朝のうちは、ちゃんと彦根城のほうへ向かった。
遠くから見える天守は白くて端正なのに、こちらは早くも坂道で息が上がっている。
歴史を感じるより先に、自分の日頃の運動不足を感じるとは思わなかった。
石段は写真で見るより存在感があり、一段ごとに少しずつ口数が減っていく。
途中で元気に上っていく子どもを見送りながら、私は景色を眺めるふりをして休んだ。
こういうときだけ、遠くを見る姿勢が妙に上手になる。
上まで来ると、琵琶湖のある方向まで視界が開け、歩いてきた疲れが急に報われた。
天守の大きさだけで圧倒する感じではなく、城下を静かに見守っているように見える。
屋根の重なりや白壁を眺めていると、さっきまで石段に文句を言っていた自分が少し恥ずかしい。
ただし下り始めた瞬間、今度は膝が正直になった。
人の気持ちは景色で変わるが、膝の状態は景色では変わらないらしい。
お城の周りを歩いたあとは、堀端から夢京橋キャッスルロードへ向かった。
白壁と黒い格子をそろえた町並みは、通り全体が落ち着いて見える。
新しい店も町家風の外観になじんでいて、看板を一つずつ見るだけでも楽しい。
私の足取りも急に軽くなったが、これは町並みの力ではなく食べ物が近づいたからだと思う。
最初に見つけた近江牛の軽食を前に、昼ごはん前だからと一度は通り過ぎた。
しかし十歩ほど進んだところで、今食べなければ後悔するという根拠のない予感が生まれた。
振り返るまでがあまりに早く、自分でも少し笑ってしまった。
焼けた肉の香りはずるい。
ひと口食べると、脂の甘さと香ばしさが一緒に来て、散歩で使った体力がすぐ戻る気がした。
もちろん実際には、食べた分のほうが歩いた分より多い。
それでも旅先では、カロリー計算より機嫌よく歩けることのほうが大事だと思っている。
続いて和菓子の店をのぞくと、上品なものがきれいに並び、選ぶ時間まで静かになった。
家への土産を買うつもりが、自分用の包みだけ少し大きくなった。
店を出て袋を見たときに気づいたが、気づかなかったことにした。
昼は近江ちゃんぽんを選んだ。
ちゃんぽんと聞いて想像していた濃い味とは少し違い、だしの味がやさしく、野菜もたっぷり入っている。
食べ歩きの途中なのに、体に良い昼食を取ったような気持ちになれるのがありがたい。
その安心感で、食後の甘いものを追加したので、結局は帳消しである。
午後は玄宮園のほうへ足を延ばした。
池を囲む庭と彦根城の組み合わせは、通りのにぎわいとは別の時間が流れているようだった。
水面を眺めていると、急いで次へ行かなくてもいいと思えてくる。
池の向こうに建物や木々が重なる眺めは、歩く場所を少し変えるだけで表情が変わった。
きれいな一枚を撮ろうとして何度も立ち位置を直したが、最後に選んだのは最初の写真だった。
写真を撮るときの試行錯誤は、だいたい自分だけが分かる小さな遠回りである。
ベンチで少し休み、買ったばかりの菓子を開けるかどうか真剣に悩んだ。
土産という言葉には、家まで未開封で持ち帰るという意味も含まれているはずだ。
結局、箱の形を守るためという理由をつけて一つだけ食べた。
理由は弱いが、味は間違いなかった。
堀の周りへ戻ると、水鳥がこちらの都合など気にせず、ゆっくり水面を進んでいた。
何枚か写真を撮ったものの、動きが速いわけでもないのに毎回少しだけ中心から外れる。
最後は撮影を諦めて眺めるだけにしたら、そのほうが羽の色や水の波紋までよく見えた。
記録に残そうと忙しくなるより、たまには目で覚えて帰るほうがいいのかもしれない。
夕方近くに駐車場へ戻る途中、ふと家の物置のことを思い出した。
このところ、奥に置いた古い車体を動かさないと旅行用品を取り出せない状態になっている。
以前は休日のたびに乗っていたのに、最近はカバーをめくる回数さえ減ってしまった。
思い出があるから残してきたが、置いておくだけで少しずつ傷むのも気になっていた。
今日みたいに身軽に歩き回る時間が増えた今なら、そろそろ整理してもいいのかもしれない。
帰宅してから、まずは相場だけでも知ろうとバイク買取を見てみた。
売ると決める前に金額の目安を調べられるなら、物置の前で悩み続けるより話が早い。
もちろん、査定を見た瞬間に手放せるほど気持ちが単純ではない。
それでも、何もしないままカバーをかけ直すよりは一歩進んだ気がした。
彦根で買った菓子をもう一つ食べながら、写真と走った道の記憶を少しずつ整理した。
城下町の散歩は食べ過ぎで終わったが、家の中の停滞まで動かしてくれた一日だった。